東京国立博物館では、5月末までの予定の「鳥獣戯画のすべて」展の会期が、緊急事態宣言下の臨時休館を経て、6月20まで延長になりましたね。
この「鳥獣戯画」を所蔵するのは、京都の高山寺です。
さて、それほど美術に詳しくない人でも、「ちょうじゅうぎが」と聞けば、なんとなく妙なウサギとカエルの漫画のようなイメージを思い浮かべられるのではないでしょうか。
あるいは、その絵を見れば、確かどこかで見たことがあるような……と思える、そんな日本絵画史上としても異様に存在感と知名度のある絵画の一つです。
◇鳥獣人物戯画 – フリー百科事典『Wikipedia』より
https://ja.wikipedia.org/wiki/鳥獣人物戯画
鳥獣戯画は、正式な名を「鳥獣人物戯画」と言い、平安時代末期に描かれた甲巻・乙巻、鎌倉時代に描かれた丙巻・丁巻の四巻にも及ぶ国宝で、甲・丙巻が東京国立博物館、乙・丁巻が京都国立博物館にそれぞれ寄(所有権を移さずに、博物館で展示・保管を行うこと)されています。
多くの人が真っ先にイメージする、あのウサギとカエルが登場するのは甲巻です。
800年も前の時代の人の感性が、あの絵を生み出したと考えると、いつ見ても「おかしさ」がじわじわとこみ上げてきます。
例えば、背面跳びで水に飛び込むウサギ。
ウサギとカエルのチーム別・弓の的当て対抗戦。
ウサギとカエルのマジ相撲。
特にこの相撲のシーン、カエルはウサギの耳に噛みついて投げ飛ばし、ひっくり返って背中を強打したウサギを取り囲むカエルたちが抱腹絶倒するという、もう「やりたい放題」な感じがすごい。
最近ではいろいろグッズ展開されて、手ぬぐいになったり、Tシャツになったり、腹巻になったり、キャラクタービジネス史にも残るんではないかという、もはやいち絵巻としては異様とも思える人気ぶりです。
ナマの鳥獣戯画が見られる展覧会も、トーハクあたりで数年に一度は開かれ、毎回ものすごい人出のようですし、もはや平安時代随一ののキラーコンテンツ(?)にまで成長してしまいました。
平安時代の絵巻と言えば、ほかに源氏物語絵巻、信貴山縁起絵巻、伴大納言絵巻が有名です。
ただ、いずれも、教科書に載ってた感というか、まじめな作風なわけですよ。
彩色もされており、漫画というよりは、絵画調、写実的で、描かれる人物やシチュエーションは、我々の持つ平安時代のイメージそのままです。
それらに対して、鳥獣戯画はやはり、意表をついているというか、ブッ飛んでいます。
マンガのような白黒の線のみで描かれつつも、吹き出しに入ったセリフでも浮かんできそうな、リアルなのにシュールに描き込まれた動物たちの表情。
これが現代人に熱狂的にウケているのは、平成末期から令和にかけての時代背景、今を生きる人々がもつ感性の影響も大きいのでないかと思ったりします。
仁和寺の西から周山街道に入り約5km、御経坂の峠を越えると清滝川の刻んだ谷あいに出ます。高雄(たかお)、槙ノ尾(まきのお)、栂ノ尾(とがのお)と、「お」のつく地名が三つ連なる「三尾(さんび)」と言われるエリアです。
この中で最も奥に位置する栂ノ尾にあるのが「高山寺(こうざんじ)」です。
鳥獣戯画を所蔵する寺として有名で、世界文化遺産にも指定されています。
高山寺は、元は荒れた状態であったところ、鎌倉時代(1206年)に明恵(みょうえ)上人により中興されました。
中でも国宝の「石水院」は、明恵上人が生きた鎌倉時代の住居建築を伝えるものとされ、建物の中にはレプリカながら鳥獣戯画か置かれています。
この置かれ方がまた、なんというか、そっけないんですね。
ケースに入れられ、自由に触れはしませんが、何の解説も、タイトルを記した銘板もなく、その辺に置いてあるだけ。
そしてまた、小さいわけです。
巻物の幅は30cm位しかないので、なんか大判の本や、NHKとかの特集映像で見たイメージとはだいぶ違ってこじんまりとしています。
鳥獣戯画の故郷だからと、この絵が生まれたルーツや背景がここにあると思って来てしまうと、得られる体験には正直、肩透かし感が拭えないかもしれません。
まぁ、それは訪れる人間の中で勝手に盛り上がっているだけなので、高山寺からしたら、いい迷惑でしょうけれど。
鳥獣戯画の伝わる寺は、鳥獣戯画で描かれた世界の中にあるお寺ではありませんので、サルを飼っているわけでもなければ、ウサギが飛び込む渕がある訳でもありません。
返す返す湧き上がる疑問は、なぜ鳥獣戯画が生まれ、ここに伝わり、それがこれほどまでに有名になってしまったのか、ということです。
帰りの市バス・8系統は、太秦天神川駅を経由しますが、駅と一体化した区役所の建物には市立右京中央図書館が入っています。
試しにデータベースを叩いてみると、タイトルに「鳥獣戯画」と入った蔵書はなんと54種類!近年も続々と出版されています。
で、これがまた、けっこう貸出中で出払っているという有り様。
みんな、どんだけ好きやねん、鳥獣戯画。
書籍を手に取って読んでみれば、その謎を解き明かそうと、多くの学者先生が渾身の研究を行っています。
鳥獣戯画には、制作意図や目的が記された資料がないために、どうしても時代背景やお寺の歴史、仏教の教えなど、状況証拠や周辺事情を積み上げていく作業となり、骨が折れる様子が伝わります。
しかも、作者や明恵上人に会うことがかなわぬ今、唯一絶対の正解はなく、多くの研究者の見解が似通ってくるところをかいつまんで、そんなもんかなぁ、と思うしかないわけです。
ともあれ、難しい話は抜きに、描かれた表現を面白がるだけでも、それはそれでええような気がする。
そんな懐の深さが、鳥獣戯画のもつ魅力の一つなのでしょうね。