ハモと聞けば、関東以北の方は「京都」「夏」「料亭」のイメージを持たれるのではないでしょうか。あるいは、お若い方ならば、全く聞いたことがないという方がいらっしゃっても、不思議ではありません。
ハモは、ウナギ目・ハモ科に分類される魚の一種で、全長は1mほど。ウナギ目というだけあって、体は細長く、獰猛で鋭い歯を持つ肉食魚です。
関西一円では夏に欠かせない食材として愛されていますが、関東以北ではハモ漁が行われておらず(というより、生息していない)、あまり流通されないようですから、知る人が少ないのは当然ですね。
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海から遠く離れた京都盆地。ハモは大阪湾や播磨灘からやってきます。
その昔、今のように冷蔵のトラック輸送などが発達していなかった当時は、魚も籠に担いで人間が運んでいました。
ただ、大阪の海から京都へは50km以上あり、人の足ではどんなに急いでも半日近くかかります。暑い夏のさなか、鮮度が命の魚にとって、この距離と時間はたまったものではありません。
ところが。ハモだけは違いました。
朝明石で揚がったものが、昼過ぎの京都でまだ生きているのが普通とか。
すごい生命力ですね。
それだけ強い魚なので、京都で手に入る貴重な生魚として、またウナギと同じく暑い夏に精をつける食べ物として、重用されることとなったのです。
そんなハモですが、実は非常に骨が多く、その骨がまた固くて、そのままではとても食べられません。
そこで、料理人たちは「骨切り」という下処理法を編み出しました。開いたハモをまな板の上にのせ、骨ごと身をザクザクと切り刻むのです。これがなかなか繊細な作業で、力任せにやるとミンチのようになってしまうため、皮一枚だけを残して、身と骨だけを切っていきます。すると身はつながったまま、骨だけが細かく切れます。これなら、誰が食べても安心です。
骨切りをしたハモを湯通しし、すぐに冷水につけると、身が花のように開きます。
ふわふわのハモの身に梅肉をつけて食べるのが「湯引き」で、おそらくこれがハモの最もポピュラーな食べ方です。夏場に京都の懐石に行けば、必ずと言っていいほど、はじめに出てきます。
どうやら、料理人の世界では「三寸で26筋」の切り込みを入れられるようになれば一人前と言われるようですが、わかりやすく単位をお読み変えると、その間隔は僅か1.15mmです。
この作業をするために「骨切り包丁」という専用の道具を持つくらいなので、それだけ京都の料理人にとってハモは、切っても切れない(!)存在なのでしょう。
もちろん、料理人だけでなく、魚屋さんだってハモが入れば骨切りをして売っています。実に手のかかる食材です。
ハモは東日本では馴染みのない魚で、京料理の店などにわざわざ行かなければ出会うこともありませんから、「高級魚」のイメージがあるかもしれません。しかし、これが京都や大阪、兵庫県の南部あたりだと普通にスーパーで売っています。
むしろ、瀬戸内を西へ進むと、やがて「雑魚」として扱われてしまうほど、人気がなくなっていくみたいです。確かに、味は淡白だし、食べるまで手間がかかって大変だし。
京都でそれが珍重されたのは、やはりそれだけ「新鮮な魚」が希少だった(というか、ハモしかなかった)のでしょう。
さて、料亭などで出されるものはともかく、庶民のハモの食べ方は実にさまざまです。
7月にもなれば、食材としては本当にありふれていて、それこそ私自身、昼休みに会社の近所のスーパーで鱧のてんぷらを買ってきて食べたりします。
これはたぶん、古くなってきた鮮魚コーナーのハモを、店内で再度加熱調理してるのではないでしょうか。
天ぷらがフライになっているときもありますし、かば焼きになっているときもあります。飲食店に行っても、様々な姿にお目にかかれます。
大阪なんかだと、串カツになっているみたいですから、およそ「高級品」というイメージではありません。どうやって食べても、ハモはハモです。
そんなハモ、京都の消費量は関東のなんと10倍にも達するのだとか。
それだけ皆がハモを愛しているのかが伺えます。
へぇ~、そうなのね。ハモという食材があるのなら、この時期の京都の人はウナギの代わりにハモを食べているのね。…と思われた、そこのあなた。
実は、ウナギもよく食べます。
市内にはウナギ屋さんが多くあり、また買って食べる、という人も多いです。
どうやら、京都、全国的に見ても、ウナギの消費量が多いほうなのだそうで。
鰻の焼き方は関東風、関西風とあるようですが、関西風は腹から開いて蒸さずに焼くため、皮がパリッとしているのが特徴です(関東風は反対で、背開き、蒸し焼き、ふんわり仕上げ)。
とはいえ、京都市内で関東風を出す鰻丼屋もあります。うーん、むしろ、関東風の方が多いかも。ここは店主の修行先や好みの問題でしょうか。
土地の人は、店で食べる派だけでなく、買って食べる派が多いような気もします。
テイクアウトについては、錦の大黒屋さんも、ウチの近所の鮒定さんも、関西風です。
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脱線しました。今回の主役はウナギではなくハモでした。
そりゃぁ、マグロやタイのような味とは違います。
ウナギやアナゴとは違い、脂も少なめで淡白な味わいです。
小骨が多く、好き嫌いが分かれるかもしれません。
ハモが食べたくて春先からうずうずしているとか、毎週のようにハモを食さなければ気が済まぬ…などという人は、現在のところ私の周りにはいません。
ビールに合うとか、ほおばって「うまいっ!!」と叫ぶとか、そういうものでもありません。
だからと言って、まったく口にしないのも寂しいような、ハモが食卓に上れば夏が来たなと感じる、そんな存在です。
旬を味わう、季節を感じる、という意味で、風物詩としての価値があるのだと思いますし、そうして身体に刷り込まれていっているのだと思います。
能書きなしで、噛めば噛むほどに広がる旨味と、胃にもたれない淡白な味わい。
これぞ夏の食べ物、ですよね。
関西方面においでの際は、ぜひ一度ご賞味あれ。